岡山地方裁判所 昭和44年(ワ)388号 判決 1973年8月23日
原告
片山伸之
ほか四名
被告
東洋管工株式会社
ほか二名
主文
原告片山伸之に対し、被告東洋管工株式会社および被告小野善弘は各自一五〇万円、被告会社および被告小野栄は各自一五〇万円、被告会社は七二一万三六三三円および右各金員に対する昭和四三年四月二日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被告会社は原告片山保子に対し五〇万円およびこれに対する昭和四三年四月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告伸之、同保子の被告会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。
その余の原告らの被告会社に対する各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その六を被告会社、その二を被告小野善弘、同栄、その余を原告らの負担とする。
本判決は第一、二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告会社は原告伸之に対し二二七八万三六七四円、同保子に対し一五〇万円、原告金一、同順子、同仁に対し各五〇万円ならびに右各金員(原告伸之にあつては右請求金額のうち二一二八万三六七四円につき)に対する昭和四三年四月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告小野善弘および同栄は各自原告伸之に対して一五〇万円ならびにこれに対する昭和四三年四月二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 被告ら
1 原告らの各請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 昭和四三年四月二日午前一時四〇分ごろ、被告会社の従業員亡小野善海は、岡山県倉敷市西阿知町新田国道二号線上を原告伸之を同乗させた小型貨物自動車を運転して東進中、道路左側の欄干に同車を衝突させた。
(二) 原告伸之は右事故により第一二胸椎圧迫骨折、骨髄横断麻痺の傷害を受け、その治療のため昭和四三年四月三日から昭和四四年四月二八日まで入院したが、現在下半身の完全な痙性麻痺、知覚消失、屎尿失禁の後遺症を残している。
2 帰責原因
(一) 被告会社は被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条により左記損害を賠償する責任がある。
(二) 被告小野善弘および同栄は亡小野善海の父母である。善海は前記のとおり被告車を運転中、疲労により眠気を催したが、かかる場合自動車の運転者としては直ちに運転を中止し、危険の発生を回避すべき注意義務があるのにこれを怠り漫然運転を継続した過失により本件事故の発生をみたものであるから善海は民法七〇九条により、原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき義務があるところ、善海はその後死亡し、右被告らは相続により善海の権利・義務を承継したので左記損害を賠償すべき責任がある。
3 損害
(一) 原告伸之の分
(1) 医療関係 合計 一四四万七三四四円
イ 入院費 三六万六〇一九円
倉敷中央病院に昭和四三年四月二日より同四四年四月二八日まで入院。但し国保による自己負担分
ロ 附添費 五五万九一三〇円
一日一四三〇円 三九一日分
ハ 車椅子、装具、松葉杖その他の費用 五二万二一九五円
(2) 逸失利益 合計 二二八三万六三三〇円
イ 農業収入
原告伸之は、田約一七四アール(約一町七反四畝)を所有し、これに加え訴外片山太郎所有の田三五アール(三反五畝)をもあわせて、父である原告金一とともに、稲およびい草の耕作をし、さらに自ら鶏三〇〇〇羽を飼育し、農業収入として毎年一三八万円余の純益を得ていた。その内訳は養鶏によるもの五五万円、米およびい草によるもの金八三万円であつた。
米およびい草の耕作は原告伸之と原告金一との共同経営であり、これに関する原告伸之の寄与率は五〇パーセントであつたところ、主要な働き手である同原告の労働不能のため、一家の労働力不足と耕作意欲の減退とを来たし、収入は半減した。
養鶏は原告伸之の企画と労働によるもので、その収入も同原告がこれを自己に収めていたが、同原告の負傷のため右経営が全く不可能になり廃止された。
以上原告伸之の農業による収入は養鶏によるもの年間五五万円、米作およびい草によるもの四一万五〇〇〇円の合計九六万五〇〇〇円であつたが、これがすべて本件事故による傷害のため失われる結果となつた。
ロ 農業外収入
原告伸之は農閑期には被告会社に臨時工として雇われガス配管工事に従事し、事故前昭和四三年一月初めから三月末までの三ケ月間の就労日数と賃金はつぎのとおりであつた。
日当 就労日数 収入合計
一月 一五〇〇円 一〇日 一五〇〇〇円
二月 一五〇〇円 二四日 三六〇〇〇円
三月 一五〇〇円 二八日 四二〇〇〇円
以上原告伸之の農閑期における農業外収入は一ケ月平均三万一〇〇〇円を下らぬが、農閑期は通常五月半ばごろまであるところ、同原告は少なくとも四月一杯は臨時工として勤務するつもりであつた。
したがつて同原告の農業外収入は控えめに見ても、年間一二万四〇〇〇円を下らぬものであつたが、本件事故による負傷のためこれが永久に失われた。
(31,000円×4=124,000円)
ハ 以上原告伸之の年間収入は農業収入九六万五〇〇〇円および農業外収入一二万四〇〇〇円の合計一〇八万九〇〇〇円であつたところ、同原告は右事故当時二五才であつたので、厚生大臣官房統計調査部欄の昭和四四年簡易生命表によれば四六・五七年の余命があり、政府の昭和四五年一〇月一日改訂による自動車損害賠償保険事業損害査定基準によればその就労可能年数は三八年であり、そのホフマン式計算による計数は二〇・九七であるから同原告が本件事故によつて喪失した利益の事故時の現価は二二八三万六三三〇円となる。〔(965,000円+124,000円=1089,000円)×20.97=22836,330円〕
(3) 慰藉料 三五〇万円
原告伸之は本件事故のため一生涯不具者として排尿排便はおろか起居一切を妻や家族の世話に待つ外ない身の上となつた。そのため夫婦生活その他の旅行などのリクレーシヨンも不可能となり、人間的な楽しみが全く失われたと云つても過言ではない。
その上、傷害による肉体的苦痛、床ずれなどの苦痛も生涯続くものである。よつて原告の苦痛を慰藉するに足る金額は三五〇万円を下らぬものである。
(4) 弁護士費用 一五〇万円
原告伸之は、昭和四七年八月二九日弁護士寺田熊雄に本件訴訟を委任し、訴訟解決の際謝礼金として一五〇万円を支払うべき旨の契約を締結した。
(5) 以上により原告伸之が本件事故によつて蒙つた損害は二九二八万三六七四円となるところ自賠責保険金三五〇万円の給付を受けているので、これを控除するとその残額は二五七八万三六七四円となる。
(二) 原告保子の分
原告保子は生涯の伴侶たる原告伸之との夫婦生活が不可能となつたほか、今後不具者である同人の起居一切の面倒を見てゆかねばならず、その世話をすることは肉体的にかなりの負担である。以上の事実を総合すると原告保子の蒙つた精神的苦痛を慰藉すべき金額は一五〇万円を下らない。
(三) 原告順子、同仁の分
同原告らは原告伸之の子であるが、この事故による父伸之の傷害のため、一家の収入減により生活上多大の不利益を蒙るのみならず一家の団らんを享受する上でも甚大な損害を受けた。これによつて蒙る同原告らの精神的苦痛を慰藉するには、それぞれ少なくとも一〇〇万円を相当とするが、それぞれその内五〇万円の支払いを求める。
(四) 原告金一の分
原告金一は、原告伸之の父であり、長男である伸之の成長を唯一の楽しみとし、同伸之の働きに老後を託そうと考えていたところ、この事故により逆に伸之の面倒を見る立場に立たされ精神上多大の損害を受けた。これを金額に見積ると一〇〇万円を下らないがその内五〇万円の支払いを求める。
4 よつて、原告伸之は以上の内被告会社に対し金二二七八万三六七四円、被告善弘および同栄に対し各自一五〇万円ならびに右各金員(被告会社に対する請求分については弁護士費用一五〇万円を控除した二一二八万三六七四円)に対する本件事故発生の日である昭和四三年四月二日から各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
被告会社に対し原告保子は金一五〇万円、原告順子、同仁、同金一はそれぞれ五〇万円宛ならびにこれらの各金員に対する本件事故発生の日である昭和四三年四月二日から各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する答弁
(被告会社の答弁)
1 請求原因1(一)の事実および(二)の事実中傷害の部位程度は認めるが、後遺症の程度は不知。
2 請求原因2の事実中、被告車が被告会社の所有であることは認め、その余の事実は争う。
3 請求原因3の事実中、原告伸之が父金一とともに農業を営み、農閑期には被告会社に雇われて配管工事等に従事していたことおよび原告伸之が自賠責保険金三五〇万円の支払いを受けたことは認めるが、原告伸之が本件受傷により生涯労働不可能になつたとの主張は争う。
(被告小野善弘、同栄の答弁)
1 請求原因1の事実は不知
2 請求原因2の事実中、被告善弘、同栄両名と善海との身分関係は認めるがその余は否認する。原告伸之は、亡小野善海が疲労と睡眠不足の状態で運転をしており、事故発生の危険が極めて高かつたにかかわらずこれを承知して同乗していたものであるし、しかも原告伸之と善海の関係は好意同乗者の関係にあるから亡善海は原告伸之に対し損害を賠償する責任を負わない。
3 請求原因3の事実は不知。
三 抗弁
(被告会社)
1 運行供用者の地位喪失の抗弁
原告伸之は被告会社の業務終了後アルバイト学生を送り届ける為に被告車を使用したが、その後同原告らは被告車に乗つて喫茶店「たみ」へ行きその開店祝をして数時間を過し、同原告が被告車を運転して里庄町へ帰る小野善海を送つた。ところが善海は再び岡山へ出たいと言つて被告車に乗りこみ、同訴外人の運転で岡山に向う途中本件事故に遭うに至つたのであり、このような場合被告会社に被告車に対する運行支配はなく、むしろ被告車は原告伸之の運行支配のもとにあつたというべきであり、被告会社に運行供用者としての責任はない。
2 原告伸之は自賠法三条にいう「他人」に該当しない。
前記1のような事情であり、原告伸之は被告会社の従業員であるところ被告車を自ら小野善海に運転させ、その運転により受傷したのである。しかも事故時に被告車に乗つていた三人はいずれも被告車の運行が被告会社の業務と関係のない、原告伸之らの利益のためになされているものであることを了知自覚していた。このように同乗者自らの自動車に対する運行支配と運行利益が強い場合、同乗者には所有者との関係においていわゆる「他人性」は否定されるべきである。
3 過失相殺
前記1、2の事情は、かりに被告会社が原告伸之とともに運行供用者として責任ありとするも、原告伸之の過失として被告会社に対する関係において斟酌されるべきである。
4 時効の抗弁
原告伸之、同保子は本訴においてもともと逸失利益、慰藉料等の損害につきいずれも一部請求をなしていたが昭和四七年八月三一日付請求の趣旨等訂正申立書を昭和四七年九月五日岡山地方裁判所に提出して請求を拡張した。しかしながらその拡張部分は右原告らが損害及び加害者を知つた時である事故の日から三年を経た昭和四六年四月二日の経過により消滅時効が完成しているので時効を援用する。
(被告小野善弘、同栄)
1 過失相殺
仮に、善海に賠償責任があるとしても、原告伸之は事故発生の危険を承知して同乗した過失があり損害賠償額の算定についてはこれを斟酌すべきである。
四 抗弁に対する原告らの認否
1(一) 被告会社の抗弁1について
原告伸之は、平素から被告会社の業務にたずさわつていた被告会社の社長の妻の承諾を得て、被告車を運転して被告会社のアルバイト学生を家に送り届け、ついで原告伸之らは被告車に乗車して軽食喫茶「たみ」に立ち寄つたが、それは被告会社から受領する給料の計算分配および被告会社に返済すべき油代の計算などのためであり、さらに原告伸之が被告車を運転して善海を里庄の自宅に送り届けたのは被告会社の常傭である善海の帰りが遅くなつては翌日の仕事に差支えるし、適当な汽車の便がなかつたためであり、右一連の運行を捉えて原告伸之の私用とは言い難い。しかも、善海は被告会社の常傭の従業員であり、本件被告車はかねて被告会社の従業員に使用せられてきており、被告車を従業員が家に乗つて帰ることも平常行なわれていたことでもある。以上の次第で被告会社の抗弁1は失当である。
(二) 同抗弁2、3、4について
すべて争う。
2 被告小野善弘、同栄の抗弁について
争う。
五 再抗弁
被告会社の抗弁4に対する時効中断の再抗弁
原告伸之、同保子は昭和四四年六月五日の本訴提起により被告会社に対して本件事故に基づく全部の損害賠償につき、その請求の意思を明確に表わしているのであるから、請求の拡張部分についても時効は中断されている。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 事故の発生
昭和四三年四月二日午前一時四〇分ごろ、被告会社の従業員亡小野善海が岡山県倉敷市西阿知町新田国道二号線上を、原告伸之を同乗させ、小型貨物自動車を運転して東進中道路左側の欄干に同車を衝突させたこと、その結果原告伸之が第一二胸椎圧迫骨折、脊髄横断麻痺の傷害を蒙つたことは原告らと被告会社との間で当事者間に争いがない。
つぎに原告らと被告小野両名との間で、〔証拠略〕によれば右事実を認めることができる。
つぎに〔証拠略〕によれば原告伸之は昭和四三年四月三日から昭和四四年四月二八日まで倉敷中央病院に入院して治療を受けたが治ゆせず下半身の完全な痙性麻痺、知覚消失、屎尿失禁の後遺症を有していることが認められる。
二 責任原因
1 被告会社の責任
被告会社が被告車を所有していたことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によればつぎの事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。
被告会社はガス配管工事を業とする会社であり四台の営業用自動車を所有していた。被告車は被告会社の業務であるガス配管工事の際工事現場へ資材および人員を輸送したり、終業後従業員或いは作業員を自宅へ送り届けるのに使用されたり、そのまま運転した従業員が自宅に乗つて帰ることもあつたが、被告会社もこのことを知つていた。被告車には特定の専属運転手はなく、運転免許を所持している従業員が誰彼ということなく運転していた。
而して善海は運転免許を持ち、常傭工として被告会社に勤務し、平素被告会社の貨物自動車の運転に従事していた。
原告伸之は事故発生の前日である昭和四三年四月一日午前八時三〇分ごろより被告車を運転し、各所で被告会社の業務であるガスメーター取付作業にアルバイト学生とともに従事し、午後五時ごろ被告会社の事務所に帰り、ついで被告会社代表者の妻の許可を受け、被告車でアルバイト学生をその自宅に送り届け、そのまま被告車を運転して同原告の自宅に帰つた。
その後、原告伸之は同僚安田久志とともに被告車に同乗して軽食喫茶「たみ」に行き、同所で事故当時被告車を運転していた善海に会つた。当夜は原告伸之や訴外安田久志等被告会社で、臨時工として働いている数名の者達の給料が同人等の間で分配され、その作業が喫茶店「たみ」で行なわれることになつていたので同原告らは被告車に同乗して右喫茶店へ赴いたものである。
原告伸之らは午後一一時ごろまで「たみ」で歓談したが、善海が帰宅するのに適当な電車の便がなくなつたので、原告伸之は翌二日午前〇時すぎ頃善海をその自宅まで送り届けた。
ところが、善海は岡山市内に住む兄に用事があるので再び岡山市まで送り届けてくれと原告伸之に依頼した。
原告伸之は引返すという善海に立腹し、かつ自己も疲れを感じたので善海に運転させ、自分はうとうとしながら岡山市へ向う途中本件事故に遭遇した。
以上のとおり認められ、被告会社と善海との雇傭関係、日常の被告車の運転、管理の状況等を考慮すると本件事故発生時被告車に対する被告会社の運行支配が喪われていたと解することは出来ない。
次に原告伸之が自賠法三条の「他人」に該らないとの被告会社の抗弁2について判断するに、前記認定のとおり、被告車は被告会社の従業員の通勤の用に供されることも屡々であり、善海は運転免許を有しており被告車を運転することを被告会社から許容されていたものであるから、善海の被告車運転が原告伸之の要請にもとづいたものであるとしても同原告の他人性を否定することはできない。
したがつて、被告会社は被告車の運行供用者として原告伸之が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
2 被告小野善弘、同栄の責任
〔証拠略〕によれば本件事故発生の原因は善海の居眠運転にあると認められるが、自動車の運転手としては運転中眠気を催したときは直ちに運転を中止して不測の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り漫然運転を継続した過失により本件事故を惹起した。
ところが、被告善弘、同栄は、原告伸之は事故発生の危険を承知して同乗したものであるから善海に賠償責任はないと主張するが、前記1に認定した事実関係のもとで善海に賠償責任なしと断定する右被告らの主張を理由のあるものと解することはできない。
しかるところ、善海が死亡し、被告善弘、同栄がその父母であることは当事者間に争いがない。
よつて被告両名は善海が原告伸之に対して負う損害賠償債務を相続により二分の一宛承継したものというべく、原告伸之の蒙つた左記損害を二分の一宛賠償すべき義務がある。
三 原告伸之の損害
〔証拠略〕によれば原告伸之は本件事故によつて蒙つた傷害のためつぎのとおり出捐し、同額の損害を蒙つたことが認められる。なお入院雑費は後記認定の限度でのみ本件事故と相当因果関係を有する損害というべきである。
(一) 医療関係 合計金 一〇六万四八六九円
(1) 入院費 三三万九〇一九円
倉敷中央病院に昭和四三年四月二日から同四四年四月二八日まで入院
(2) 附添費 四六万九二〇〇円
(3) 車椅子、装具、松葉杖、マツトレス、テレビ、コタツ代 一三万九三五〇円
入院雑費 一一万七三〇〇円
入院三九一日、一日三〇〇円の割
(二) 逸失利益 金一四九五万四六〇八円
(1) 農業収入
〔証拠略〕によればつぎの事実が認められ、前掲証拠のうちつぎの認定に反する部分は措信できない。
原告伸之は昭和四三年当時田約一町七反歩を耕作しており、その内約二反五畝歩にい草を栽培し、残約一町四反五畝歩を米作にあてていた。
原告伸之が居住している地方でのい草および米作による一〇アール(約一反歩)当り年間平均純収益は通常い草で一一万一〇七七円であり、米作は四万〇四二二円であることが認められる。
以上の事実によれば原告伸之方でのい草および米作による年間の純益はい草により二七万七六九二円、米作により五八万六一一九円であり合計八六万三八一一円が見込まれる。
さらに、原告伸之方では事故当時鶏を飼育していたが養鶏による純収益は本件事故の前年である昭和四二年度が五五万二四五一円であるから、原告伸之の主張するとおり、その後も少なくとも年間五五万円の純益を得たであろうことが認められる。
ところで、い草と米の耕作には原告伸之夫婦と父である原告金一とその後妻の四名が従事し、養鶏は原告伸之夫婦がほとんどその管理に当り忙しい時期に例外的に他の家族もその手伝いに当つていた。
そうであれば、原告伸之の農業経営に対する寄与率はい草と米作りにあつては三割、養鶏にあつては六割とみるのが相当である。したがつて原告伸之の農業収入は年間五八万九一四三円となる。
(2) 農業外収入
〔証拠略〕によれば、原告伸之は農閑期に被告会社で臨時工として働き事故前の昭和四三年一、二、三月、月額平均三万一〇〇〇円を下らない賃金を得ており少なくとも四月までの四ケ月間臨時工として働くつもりであつたことが認められ、したがつて原告伸之の農業外収入は年間一二万三〇〇〇円となる。
(3) 以上の次第で原告伸之の年間収入は農業収入五八万九一四三円および農業外収入一二万四〇〇〇円の合計七一万三一四三円となる。
前掲証拠によれば、原告伸之は本件事故当時二五才であり厚生大臣官房統計調査部編昭和四四年簡易生命表によればその余命は四六・五七年であるから、同原告の性別、職種等諸般の事情を綜合すれば、その就労可能年数は六三才までの三八年とみるのが相当であり、前記後遺症の程度からみて原告伸之の労働能力喪失率は一〇〇パーセントその期間は死亡までとみるのが相当である。
そこで本件事故当時における原告伸之の逸失利益の現価は一四九五万四六〇八円となる。
713,143円×20.97=14,954,608円
(三) 前記認定の本件事故にいたる経過、ことに被告会社と原告伸之、善海との関係および深夜疲れ切つていたであろう善海に運転を委せ自分は眠りこんでいた原告伸之の態度を斟酌するときは原告伸之の蒙つた右(一)、(二)の損害一六〇一万九四七七円のうちその七割に当る一一二一万三六三三円を被告らに賠償せしむべきものとするのが信義則に合致する所以である。
(四) 原告伸之に対する慰藉料 金二五〇万円
前記認定のとおり原告伸之は本件事故により三九〇日余に及ぶ入院治療を余儀なくされ、さらに〔証拠略〕によれば、脊髄完全横断損傷により両下肢完全麻痺、膀胱直腸麻痺の後遺症が認められ起立歩行不能、排尿排便障害が認められ、さらに両下肢の機能回復は望めないことが認められる。右事実に事故の態様等諸般の事情を斟酌すれば原告伸之に対する慰藉料は二五〇万円を相当とする。
(五) よつて被告らが原告伸之に賠償すべき額は、前記一一二一万三六三三円に慰藉料二五〇万円を加えた一三七一万三六三三円から自賠責保険より填補されたことを同原告が自認する三五〇万円を控除した残額一〇二一万三六三三円となる。
(六) 消滅時効の抗弁について
弁護士費用の損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が弁護士にその請求の訴を提起することを委任し、成功時に報酬金を支払うことを約した場合には、右契約の時が民法七二四条にいう損害を知つた時に当り、その時から進行するものと解すべきである。これを本件について見るに、本件記録によれば、同原告は遅くとも昭和四四年五月三一日弁護士に本訴の提起を委任し、委任を受けた弁護士は同年六月五日本訴を提起したことが認められ、成功報酬契約もその頃締結されたものと見るのが相当である(これに反し、右報酬契約が昭和四七年八月二九日結ばれた旨の同原告の主張にそう甲第七六号証はその成立を認めるに足りる証拠がないし、その成立を認めえたとしてもたやすく措信できない)。したがつて右損害賠償請求権の消滅時効はその頃から進行を始めたものというべきである。
ところで、原告伸之は、当初被告会社に対して本訴を提起するに当り、医療費、逸失利益、慰藉料等一〇九四万七一四四円および遅延損害金を請求したが、その後昭和四七年九月五日に至り弁護士費用一五〇万円の損害賠償請求権がある旨主張し右金員およびこれに対する事故発生日以降の遅延損害金の支払を求める旨の請求拡張の準備書面を提出した。
したがつて請求拡張のときにはすでに右損害賠償請求権については三年の時効期間が経過しており、時効によつて消滅したものというべきである。
四 原告保子、同順子、同仁、同金一らの請求について
原告保子が本件事故の被害者である原告伸之の妻であり、原告順子、同仁は原告伸之と同保子との間の子であり、原告金一は原告伸之の父であることは被告会社においてこれを明らかに争わないので自白したものとみなす。
ところで〔証拠略〕によれば、原告伸之は本件事故当時二五才であり、同保子は本件事故当時二七才であつたが、両名は昭和三六年一〇月頃結婚し、原告順子、同仁の二人の子供を儲け、父である原告金一、訴外片山ゆき子の両親とともに生活していたが、前記本件事故により平和な家庭は奪われ、ことに原告保子は、原告伸之が下半身麻痺のため起立歩行できないため終生伴侶として同原告を介助することを余儀なくされ、また春秋に富む身で将来再び夫との間に満足な夫婦生活を営みうる状態に復することを期待することもできず、妻としての精神的苦痛はいわば夫伸之を失つたのにも比肩しうべきものと認められるから同女には民法七一一条を類推適用して固有の慰藉料を認めるのが相当であり、その額は前記諸般の事情を考慮し、五〇万円が相当である。
しかし、原告金一、同順子、同仁については前記認定事実を総合するもその精神的苦痛が原告伸之が死亡した場合に比肩すべきものとは認められず、その他にこれを認めるに足る証拠はない。
五 そして、前記認定にかかる原告伸之、同保子の賠償をうくべき各損害額はいずれも同原告らの当初の請求額の範囲内であるから時効の抗弁にかかわりなくその全額についてこれを認容すべきである。
六 よつて原告伸之の本訴請求は、被告会社に対し一〇二一万三六三三円およびこれに対する事故の日である昭和四三年四月二日から、被告善弘、同栄に対しそれぞれ一五〇万円宛およびこれに対する同じく昭和四三年四月二日から各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被告保子の本訴請求は被告会社に対し五〇万円およびこれに対する同じく昭和四三年四月二日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却し、その余の原告らの被告会社に対する各請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中原恒雄 白川清吉 池田克俊)